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投稿者: llw31m
  • 幼稚園の先生の家庭訪問

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    私が幼稚園に通っていたのはずいぶん前なので、今とは違った幼稚園の在り方だったと思うのですが、園内での楽しかった思い出の中には素敵な先生の記憶もしっかりと残っています。私が通った幼稚園はキリスト教の修道院に付属していて、先生の中には黒いベールをまとったシスターもいらっしゃいました。日々の中で先生とどのような遊びをしたのかまではあまり覚えていないのですが、教室でのお話の時間やお弁当の時の静かで品の有る先生の姿を覚えています。当時は幼稚園でも家庭訪問があり、割と遠方から通っていた私の家まで先生が来てくださいました。路線バスに乗ってこられ、バス停まで迎えに行った私と手をつないで家まで来られました。先生を独り占めできたようで嬉しくてたまらなかった思い出があります。我が家に来られて母親と話をされていた先生がずっといてくれたらいいのにと気持ちが高ぶってしまい、テーブルの周りを走り回って仕舞いにはテーブルのお茶をこぼしてしまいました。母には睨まれましたが、先生はにっこりして「大丈夫よ。」と言ってくれました。帰られるときは寂しかったですが、また幼稚園で会えると思い、手をつないでバス停まで送っていきました。先生の品のあるお顔は、いつになってもはっきりと思い出すことが出来ます。

  • 10年ぶりに会った先生が自分の名前と顔を覚えてくれていたこと

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    中学2年生の時に自分の通った保育園に職場体験に行きました。その時に担当してくれた方が自分が4歳、5歳の時にお世話になった保育士の先生で私のことを覚えてくれていたことにとても感動しました。保育園には10年以上行く機会もありませんでした。自分の受け持った生徒は顔を見たらわかるとよく聞きますが本当にそうだと思います。幼少期と比べて顔や体型が変わったと思いますが先生にはあまり関係ないことがその時わかりました。その先生とはスーパー等で1年に数回出会うのでもしかしたらそこで覚えているだけかも知れませんが小さい時に呼ばれていたあだ名で呼んでくれました。私が大好きだった保育士の先生は私が卒園後少し経ってから結婚し保育園は退職したそうです。その頃は恥ずかしくて会いに行きませんでしたが今覚えば会いに行っておめでとうと言葉をかければよかったと思っています。大好きだった先生や私の顔と名前を覚えてくれていた先生とまた出会えてとっても嬉しかったです。また保育園も自分がいた時より綺麗になっていて羨ましい反面寂しくも感じました。「小さかったのに大きくなったね、学校楽しい?」とあの時聞いてくれた先生は今でも忘れないとても大好きな先生です。

  • 娘を否定しない保育園の先生に感謝!

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    娘が保育園に通い始めた一歳の頃、他の子よりも胃が小さいのか消化が早いのか、少し食べてしばらくするとお腹が空いたのか泣いてしまうことが良くありました。保育園に預けている時は基本的に団体行動のため、他の子と違うタイミングで食事をとることは難しく、先生方にも負担をかけてしまうと思い、どうすればいいか先生に相談しました。すると、朝はおにぎりやパン等、簡単なお弁当を持ってきて良いと言ってくださいました。朝は「お弁当良かったねー楽しみねー」と娘に声をかけてくれることで娘もニコニコに。また、配膳する前のご飯を「あれ?早弁かな?美味しい匂いがするね」とくださったり、柔軟に対応してくれました。娘も慣れない環境に不安があったと思いますが、否定せずに「よく食べる良い子」と肯定されながら過ごすことで毎日楽しそうに過ごせるようになりました。家では食べたがらない野菜も保育園ではおかわりするほど食べるようになり、先生のことも大好きになったそうで、名前をすぐに覚えていました。段々と朝のお弁当は必要無くなり、しっかりと三食皆と同じタイミングで食べられるようになりましたが、娘を否定せず食べることが楽しくなるように一緒に育ててくれた先生には心から感謝しております。

  • 節分前から入念に園児に擦り込み作業!

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    子供が通った幼稚園の先生たちの話です。幼稚園はとても伝統的な行事を行ってくれるところであり、いつも親である私も楽しみにしていました。その中でも一番びっくりしたのが節分です。どんな風にびっくりしたかというと、節分前からの子供たちへの擦り込み作業がとても念入りだったのです。なんの擦り込みだと思いますか?それは鬼が本当にいるんだという恐怖を植え付けるための擦り込み作業です。先生たちは節分の前から、ちょっとずつ鬼の気配を醸し出していきます。例えば下駄箱の近くに泥のついた足跡をつけておく。次の日は、園内にもその足跡を残すなど。本当に大きな鬼のような足跡で親たちも感心するほど。これを見たら子供たちは、本当に鬼がいるんだ!どこにいるんだ!絶対に追い出してやる!と頑張るのです。そして節分当日は、鬼に扮した保護者の中でも一番の大男が登場。洋服も髪の毛もその幼稚園に伝わる代々の鬼衣装。本当に子供たちの顔は引きつり、泣きわめきます。そんな様子は私たちは写真でしか見ることはできませんでしたが、私の子供の3年間は、いつも先生にだっこされて泣いているものばかりでした。鬼の恐怖で腰が砕け歩けない状態で、ただただ涙も鼻水も垂らして先生にしがみついている…そんな幼稚園とのわが子との貴重な思い出が節分です。

  • 幼稚園園長先生とサンタさんの神対応!

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    12月のクリスマス会で、地域のおじいちゃんがサンタさんに扮して幼稚園に来てくれました!娘はとても喜んで、プレゼントをもらったり、歌を披露して、サンタさんとのふれあいを楽しみました。翌年1月の中頃、急に「サンタさんにお手紙を書く!」と言って絵を描き始めた娘。サンタさん、トナカイさんの絵と、「サンタさんは、なんさいですか?」と質問もそえました。せっかく書いたので、サンタさんに見せたくなった私。「園長先生にお願いして、サンタさんに届けてもらうね。」と説明してからお手紙を先生にお渡ししました。すると、4日後。園長先生がこっそり私を呼んで、「お母さん、サンタさんからお返事がきたよ」と教えてくださいました。見ると、英語で書かれた、イラスト入りの、かわいいお手紙がきているではありませんか!(サンタさんは、地域で英会話スクールを営んでいる、アメリカ出身で、日本語ぺらぺらの方でした。)しかも、サンタさんから質問のお返事まで!「サンタさんのとしは、みんながびっくりするからひみつだよ。」と書いてありました。幼稚園から帰ってきた娘にさっそく見せたところ、大喜びで家族中に見せて回っていました。園長先生、サンタさん、夢のあるご対応ありがとうございました!

  • 「パパが泣いてるの見ちゃいました!」保育園の先生が教えてくれた息子&夫のエピソード

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    我が家は夫が単身赴任をしており、息子が保育園の年少さんのころから母子で暮らしています。夫が帰ってくるのは月2日程度。現在は小学校1年生となり、だいぶしっかりとしてきた息子ですが、保育園の頃は夫との別れ際に泣いてしまうこともありました。ある日、夫が保育園に息子を送り、そのまま単身赴任先に戻るという日がありました。息子は朝から「パパ、保育園帰ってきてもまだいる?」と心配顔。案の定、パパがまたいなくなってしまうということを悟ると、保育園に行く前からウルウルと涙が溜まってきてしまいました。息子は、これまで一度もかんしゃくを起こしたことがなく、わがままも言わない子のため、かえってかわいそうに思いつつ、仕方のないことなので「帰ってきたらママと遊ぼうね!」と保育園に送り出したのでした。……そして夕方となり、私が仕事帰りに迎えに行く時間となりました。夫からは今朝、保育園での別れ際に息子が泣いていたことをLINEで聞いていたため、なるべく早くお迎えに行こうと、会社を急いで出ました。息を切らしながら保育園のクラスのドアを開けると、息子はお友達と談笑中。「ほっ」すっかり気の抜けた私の横に、担任の先生が笑顔でやってきました。「息子さん、朝はパパと別れるのがつらくて泣いちゃっいました。そして…私パパが一緒に泣いてるの見ちゃいました!」「ぷっ!」思わず笑ってしまいました。そして、息子と同じように、夫が息子と離れるのがさみしいと思っているのだなと思うと、なんだかほっこり。先生、あの日、息子&夫のエピソードを教えてくださってありがとう!今では息子は泣かない強い子になりましたよ!

  • 幼稚園の先生との一体感

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    私立の幼稚園に長女と次女が通っていましたが、何よりも幼稚園で感じたのは先生、幼稚園、そして保護者の一体感です。特に感じたのは運動会やお遊戯会、さらには様々な行事における両親の参加です。例えば運動会であっても、天候不良でコンディションが悪いときにはスポンジで水を吸うことを朝から保護者が一緒に行ったり、お遊戯会であっても会場作りを親が一緒に行うといった参加型で行っていました。もちろんこれを嫌うようなご両親もあったと思いますが私に関しては幼稚園との一体感を感じるためには本当に良かったと思っています。正直なところこのような機会を設けてもらえなければ自分自身の子供たちが接している先生がiToの顔と名前も1つの事はありませんし、幼稚園に行っても本当に数時間しか滞在する事はなかったと思います。このような一体感を生むような取り組みを促してもらったおかげで子供たちも自分たちがどのような先生と過ごしているのかを見てもらえるのも非常に良かったのではないかと思います。なかなか、モンスターペアレントと言う言葉があったり幼稚園側もお付き合いは難しいかもしれませんが、個人的にはこのような触れ合いをもっと大切にしていってほしいと思います。 

  • 可愛い先生のおかげで娘が女の子らしく成長!

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    娘は今4歳年中組、20代の若くて可愛く優しい先生に出会いました。娘は7歳のお兄ちゃんと二人兄妹で、家ではお兄ちゃんの遊びに合わせてブロックやゲームで遊ぶため女の子らしいごっこ遊びやプリンセスになりきったりすることもほとんどありませんでした。いつも元気で天真爛漫な娘ですがもう少し女の子らしさを身に付けてほしいと願っていました。そんな中、年中クラスで日々を過ごす中、最近お友達とおままごと、プリンセスごっこをして遊ぶのがブームになってきたようで徐々に家でも日常のしぐさが変わってきました。先生が一緒に遊んでくれてセリフやダンスも教えてくれるようです。先日、発表会があり、とても可愛いプリンセスのドレスを着させてもらって舞台で踊りを発表しました。娘は一番背が小さいのですが、センターで堂々と踊っていました。振り付けも完璧、沢山先生と練習したようです。先生に話を聞くと、幼稚園ではとっても女の子らしくおしとやかで、可愛いんですよ!ダンスが一番表現力豊かで素敵で、センターにさせてもらいました!ととても嬉しいことを言ってもらえました。キラキラと輝いていましたね!と誉め言葉をたくさんもらえて、娘も私もとても嬉しかったです。娘を女の子らしく成長させてくれて、また娘の輝けるところを見つけて伸ばしてくれるとても良い先生に出会えて、きっとずっと心に残る先生になると思います。

  • 子供の目線になって考えるという幼稚園の先生の仕事

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    私の通っていた幼稚園はとても自然豊かな場所にありました。近くには小さいながらも澄んだ川が流れ、また幼稚園のすぐそばには竹林や虫の多い森もありました。代わりにお店は昔ながらの小さなものしかなく便利ではありませんでしたが、温かみのある人も多かったように思います。そして、私を担当していた幼稚園の先生もその一人でした。若い女性の先生で、今考えると働き出してから5年くらいのものだっただろうと思いますが、忙しく働きつつもいつも子供目線でものを考えるのを忘れない人でした。私が森の近くで遊んでいて大事なおもちゃを落としてしまった時には、暗くなるまで一緒に探してくれたことを今でも覚えています。それは安いお菓子のオマケで大人から見ると大したものではありませんでしたが、当時子供だった自分からすれば宝物。そしてそれを感じ取った先生は、やぶや茂みが多く探すのが大変な中、虫に刺されながらも、泥で汚れながらもずっと探してくれたのです。それは結局見つかることはありませんでしたし、おもちゃを失ったことは悲しかったですが、同じくおもちゃを探してくれた子供たちが疲れたり飽きたりして帰っていく中、最後まで協力してくれたのは嬉しかったです。また、忙しくとも人の気持ちを忘れないということは、私の中で今でも教訓として生きています。

  • 保育園の先生と20年ぶりの再会

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    私は保育園の先生が大好きでした。4歳の頃の担任の先生はいつもニコニコ優しい先生でした。今思い返すと、きっとあの頃の先生は新人の先生だったのだろうと思います。園児の私たちが毎日楽しめるように、保育室にはかわいいイラストが飾られていたり、先生が手作りで飾りを作ってくれたりして毎日一生懸命に私たちを保育してくれていたのだと思います。私自身も保育園に行くことが楽しみでしかありませんでした。そんな中、運動会の練習がはじまり、私は足が遅く走るのが苦手だったので、運動会当日もかけっこの途中で転んでしまい、転んだ恥ずかしさと、足の痛さで涙がでました。もう走るのをやめようかと思っていたら、先生が「大丈夫!一緒に行こう!」と手とつないで一緒に走ってくれて、無事にゴールできました。そのあとも、「あきらめないで最後まで頑張って偉かったね!頑張ったね!」と抱きしめてくれました。大好きな先生とは卒園以降会うこともなかったのですが、私が社会人として銀行で働き始めてしばらく経ったころ、「〇〇ちゃん?」と窓口にきた女性が声をかけてきました。誰だろう?と一瞬戸惑いましたが、優しい笑顔があの頃の先生と変わらないのですぐに気が付きました。久しぶりに会う先生は嬉しそうに「お仕事頑張ってるね!昔から頑張り屋さんだったもんね!」と言ってくれ、それからは来店するたびに声をかけてくれます。大好きな先生に再開して、今では私の仕事を通して先生が「頼りにしてるよ!」と言ってもらえるくらい成長した姿を見せることができてとてもうれしいです。