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投稿者: llw31m
  • 保育園でのちょっと得したような話

    保育園

    私が通っていた保育園に、ちょっと怖いイメージの保母さんがいました。
    年齢は他の保母さんより上で、当時(40年くらい前)に中年くらいの保母さんでした。
    その保母さんは怖いと言いうより、今思うとお母さん世代とお姉さん世代の違いだけだったのかもと思います。
    私はいつも夕方の6時過ぎまで保育園に残っていて母親が迎えに来るのを待っていたのですが、その時にそのちょっと怖そうな保母さんがいて他の園児には知られないような一面を見せてくれていました。
    その時の保母さんはいつものちょっと厳しものの言い方の感じではなく、なぜかにこやかで一人だけ保育園に残っている私だけが見られているような優しい感じでした。
    その保母さんにもお子さんがいて、当時お子さんは中学生と高校生だと言っていました。
    だから私が一人で最後まで保育園に毎日残されているところを見ると、何とも言えない気持ちになったのかもしれません。
    時には声を変えて絵本を読んでくれたり、昨日自分で作ったというお菓子を私にだけ分けてくれたりして、これは最後まで居残りをさせられている私だけが味わえる至福のような気持になれました。
    私が入園した時の保母さんのイメージは「怖そう」でしたが、卒園する頃には一番優しくて大好きな保母さんに変わっていました。
    これは未だに忘れられない保育園での出来事です。

  • 幼稚園の先生の家庭訪問

    保育園

    私が幼稚園に通っていたのはずいぶん前なので、今とは違った幼稚園の在り方だったと思うのですが、園内での楽しかった思い出の中には素敵な先生の記憶もしっかりと残っています。私が通った幼稚園はキリスト教の修道院に付属していて、先生の中には黒いベールをまとったシスターもいらっしゃいました。日々の中で先生とどのような遊びをしたのかまではあまり覚えていないのですが、教室でのお話の時間やお弁当の時の静かで品の有る先生の姿を覚えています。当時は幼稚園でも家庭訪問があり、割と遠方から通っていた私の家まで先生が来てくださいました。路線バスに乗ってこられ、バス停まで迎えに行った私と手をつないで家まで来られました。先生を独り占めできたようで嬉しくてたまらなかった思い出があります。我が家に来られて母親と話をされていた先生がずっといてくれたらいいのにと気持ちが高ぶってしまい、テーブルの周りを走り回って仕舞いにはテーブルのお茶をこぼしてしまいました。母には睨まれましたが、先生はにっこりして「大丈夫よ。」と言ってくれました。帰られるときは寂しかったですが、また幼稚園で会えると思い、手をつないでバス停まで送っていきました。先生の品のあるお顔は、いつになってもはっきりと思い出すことが出来ます。

  • 私と子供に寄り添ってくれた保育園の先生

    保育園

    うちの子は口唇口蓋裂をもって生まれた。生まれてすぐに大学病院を受診し、最低でも今後三回は手術しなくてはいけない事を知った。とてもショックだったが、日々の生活に追われ時間が過ぎていった。
    主人は自営業で、私は手伝いをしていたのでどうしても預けなくてならないときは兄弟の通う保育園で一時保育を利用する事にした。口唇口蓋裂故の注意点などを伝えて週2回ほど預けるようになった。一時保育の担当はいつも決まった先生で他の子達と同じように我が子を扱ってくれた。かわいがってくれた。病気に対しては必要以上にリアクションはしないが、手術前など私がナーバスになってる時は話を親身になって聞いてくれてとてもありがたかった。メンタルが不安定で、もう病気を受け入れたと思っていてもふとしたことで涙が出てくる状態だった。そんな時先生のお母さんが大変なときはいつでも話聞きますよと言ってくれてるような振る舞いがうれしかった。ベテラン先生で自分の母親の様な年代だったと思う。退職の日には感謝の気持ちを伝えながら当時を思い出し二人で泣きながら別れた。出会わなかったら何かが少し違っていたと思う。先生元気にしてるかな?我が子は今年卒園です。

  • 保育士さんとたくさん遊んだから運動が好きになった

    保育園

    保育士さんと仲良く遊べた子供時代を懐かしく思うことがよくあります。特に印象深かったのが竹馬をいっしょに作ったことです。竹馬で遊んだことは無かったから新鮮でした。保育士さんが丁寧に作り方を教えてくれたから立派な竹馬が完成しました。竹馬を作ったあとでみんなで乗って遊んだのですが保育士さんが安全に配慮してくれたから危険はありませんでした。保育園を卒園する際にはお別れ会をしました。もう保育士さんに会えないと思ったらすごく悲しかったのですが、最後にいろいろなゲームをできたからよい思い出になりました。楽しい遊びをたくさん経験できたから保育園に行くのが嫌じゃなかったです。無事に卒園できたのはいつも優しく接してくれて頼もしい存在だった保育士さんのおかげだと思っています。みんなで練習をした踊りを保護者に見てもらうための発表会は緊張しました。私はあまりダンスが得意じゃないから成功できるか不安だったのですが、保育士さんが可愛いダンスのやり方を毎日指導してくれたから失敗しないで完璧に披露できました。親と保育士さんが上手く踊れたことを褒めてくれたから感激しました。最初の頃は苦手意識があった運動がだんだん好きになったのは保育士さんといっぱい遊んだからだと考えています。

  • 先生のおかあさんわかるよ!!に救われる日々

    保育園

    子供たちの通う保育園での出来事です。「保育園に行きたくない」という子供に戸惑う親も少なくないはずです。私もその一人で、初めての行事の練習が始まると泣きながら、登園をしぶりました。門の前で泣きじゃくる我が子、しかし泣き始めるのは家を出る前から始まり、ひどい日は前の晩の布団の中から泣く日もあるほどです。行事の練習も無理をさせるわけでもなく、子供のスピードに合わせて見守ってくれ、本人もその時は楽しく活動することもあり、帰る頃には元気いっぱいに遊んでいます。なのに発動される「行きたくない」宣言に親の心も迷います。「休ませたほうがいいのか?」「声掛けの仕方が悪かったのか?」必死に涙を流し、こちらに訴えてくる顔を見ると、こちらの目にも涙が溢れてきます。そんな時に先生が「おかあさんわかるよ」「おかあさんも毎日、泣かれたらつらいよね」と声をかけてくれました。「おかあさん、もっとこう伝えて下さい」ではなく、「おかあさんわかるよ」と共感する言葉に心がすくわれました。そしてその行事が無事に終了した日には、先生が涙を溜めて「おかあさんよかったね。楽しそうに頑張ってましたね。」と伝えてくれました。そして我が子は、その行事が自信となり、泣きながら登園することは格段に減りました。先生の「おかあさんわかるよ」で救われたのは、母親である私でした。

  • 親にも子にも親身に対応してくれた保育園の先生

    保育園

    我が子が2才の頃の話です。子どもを預かってもらっていた保育園は2歳児クラスからトイレトレーニングがあり、いつも保育園に持って行くカバンの中には、オムツ数枚とトイレトレーニング用の下着を持たせていました。自宅にいてる間はオムツをはかせている時が多かったので、いざ保育園でトイレトレーニングが始まった時は不安でした。始めの内は下着を濡らすことが多くて着替えも多かった我が子、周りの子どもさんは既にオムツが外れている子が何人かいたので、親である自分が焦っていました。当時のクラス担任の先生にトイレトレーニングの不安や、自宅にいてる時のトイレトレーニングのことと、それ以外の子育てのことや子どもへの接し方など、当時不安だったことを全て相談しました。保育園の先生は嫌な顔一つしないで、親身になって私の話を傾聴してくださり、私が一通り話終わった後に、一つ一つアドバイスしてくださり、子どもの良いところや今後の課題などを丁寧に教えてくれました。保育園の送り迎えの時に、担任の先生に家庭での様子や、不安点などを言って情報共有してました。トイレトレーニングが順調になってきた時は、我が子や親である私と共に一緒に喜んでくれたこと、他のことでも少しでも何か出来たことがあった時でも、我が子が傍にいてる時に報告してくれて、我が子も嬉しそうにしていたのを覚えています。自宅で過ごす時も保育園の先生にアドバイスしてもらった言葉かけや、接し方などを意識して我が子に接するようにしたら、子育てものんびりと構えてできるようになりました。保育園の先生には今でも感謝しています。

  • 忘れられない幼稚園の先生からの言葉

    保育園

    息子が幼稚園に入ったばかりの時のエピソードです。3歳で幼稚園に入園した息子は、当時まだオムツが完全には取れない状態でした。一人っ子っだったのでどうしてもオムツの卒業が遅くなってしまい、周りの同じ歳のお子さんはオムツを卒業している子がほとんどで、母親の私は「なんでうちの息子はまだオムツが取れないんだろう。」とかなり悩んでいました。幼稚園生活でも息子は時々漏らしてしまうことがあって、その度に先生にご迷惑をおかけして、私は肩身の狭い思いをしていました。漏らしてしまうと、幼稚園では汚れたパンツを洗って返してくれるのですが、忙しい先生にそんなことをさせるなんて・・と当時の私はとても気になって仕方がありませんでした。そこで先生に「息子はまだもらすことが多くてご迷惑をおかけするので、オムツにしておいた方がいいでしょうか?」とオムツを持参して幼稚園に相談に行ったところ、担任の先生が「息子さんにはオムツはもう必要ありません。失敗しながら覚えていくので大丈夫です。見守っていてあげてください。」とオムツを持ち帰るように仰ってくれたんです。「オムツはいらない。息子は大丈夫。」そう仰っていただいてものすごく安心したことが今でも忘れられません。先生が仰ったとおり、それからすぐにあっという間に息子は本当にオムツがいらなくなりました。幼稚園生活で周りのお友だちがトイレに行く様子を見て息子は自然に学んでいったんだと思います。もう15歳になった息子ですが、当時の先生の言葉は私にとっては忘れられないものになっています。20代の若くて可愛らしい先生でしたが、とても頼もしくて、素敵な女性でした。今でも時々思い出しては温かい気持ちになります。

  • 保育園に馴染めずにいた娘が大好きな先生

    保育園

    私の娘が4歳の頃から通っていた保育園はいわゆるマンモス保育園でとても大きな保育園でした。娘の性格のせいか、中途半端な時期に入園したせいか、娘はなかなか馴染めずにいました。運動会などの行事で見ても参加はしているのですが友達がいるような感じではありませんでした。それでも娘に「今日は保育園楽しかった?」と聞けば、楽しかった、と答えるのでした。先生方もたくさんの子供がいる中で大変なことが分かっているのでなかなかうちの子を輪に入れてやってください、など言えませんでした。私は子供がたくさんいるマンモス保育園が娘に合っていないのかも、と考え転園も考えましたがせっかく入れた保育園だったし、子供も行きたくない、とも言わなかったのでそのままにしておきました。そしてそのまま特別仲のいい友達ができることもなく卒園の年になりました。そんなある日家族とファミリーレストランで食事をしているとき、娘に保育園のことを聞きました。「もうすぐ卒園だけど保育園楽しかった?」娘は「うん。ナデシコ組の時の○○先生が大好きだった」と答えたのです。一年も前の先生の名前が出てきたのです。「〇〇先生大好き」そんな話は初めてで少しびっくりしていました。すると噂をすれば影、とはこのことで、たまたまその先生が私たちのいたレストランに入ってきて、「りかちゃん!偶然だね!」と言って娘を抱っこしてギュッとしてくれたのです。「年長組さんになって頑張っていること、みているよ」と言ってくれました。先生はたくさんの生徒を抱えながらもきちんと一人一人と向き合って、その子供の心に残るような接し方をしてくれているのだな、と感動しました。そして娘は友達を作りたい、という気持ちが芽生えるのが少し遅いだけでいつもしっかり活動に参加していた、いつでも先生たちと相談してください、と先生もおっしゃってくださいました。

  • 保育園の先生に励まされて、人生初の楽しかった餅つき大会の想い出

    保育園

    私の保育園の想い出はさほど多くありません。数少ない保育園の想い出ではありますが、その中の1つに「餅つき大会」があります。保育園児たちが順番で重い杵を握り、臼の中の餠をつくという作業をしていくのですが、私の番が来ると、先生が手をパチン、パチンと叩きながら「ヨイショ」の掛け声にプラスして、「うわー上手だね」「力持ちだね」と言ったねぎらいや褒め言葉を掛けてくれるのがとっても嬉しかったのを今でも忘れられません。きっとそこでの餅つきは、幼い保育園児各々、たったの一搗き、二搗き、しかも力不足という、餅つき作業というには足りない様な、儀式的作業量だったと思います。けれども、その先生の他の園児同様、私への褒め方が。園児の心を掴むような素晴らしさがあったのでしょう。順番を終えた私は、大それたことをしたような誇らしげな気分を味わっていました。想い起せば、その大好きな先生の為に、頑張ってお餅をついたよ、そんな気持ちもあったと思います。そして餅つき大会の後は、つきたてのお餅を先生を含めて皆で、砂糖入りのきな粉で食べました。そのきな粉ですが、ベージュではなくうぐいす色のきな粉でした。大好きな先生と一緒につきたての柔らかいお餅を食べれて本当に幸せでした。

  • 先生の一言で乗り越えられた幼稚園生活

    保育園

    入園時、今までお母さんとべったりで、離れたことがなかった息子は、幼稚園に行くのが嫌で嫌で泣いていました。そうなることが事前に想定されていたため、プレ保育にも参加していましたが、周りのお友だちはお母さんを離れてダンスをしたり、先生のところに物を取りに行ったりする中、我が子は一切参加せずに不安を抱いていました。その時、とある先生が「お母さん、心配ですよね。子どもの柔軟性を信じてあげください。◯◯ちゃんなら絶対大丈夫です。」と優しく微笑んでくれました。この言葉がどれほど私を救ってくれたか。。しかし、前述した通り、幼稚園に行くのが嫌で、毎朝バスに乗せるのに必死な日々が続きました。そして数年後の卒園の時。あれだけ嫌がっていた幼稚園を今度は卒園することが嫌になった息子。プレ保育の時に先生に言われた言葉が蘇り、先生に今までのお礼と感謝を述べたお手紙を渡しました。我が家はバスでの送迎のため、直接先生とお話する機会は少なく、息子も目立つグループのお友だちと遊ぶのが好きなものの、本人は控えめなタイプで、正直先生の印象に残るタイプではありません。しかし、その先生はしっかりと息子のことを覚えてくださいました。卒園式の日、先生は私を見つけて涙を流しながら、「私も◯◯ちゃんのプレ保育のことはしっかり覚えています。それがこんなに大きくなって。。」と。私からしてみれば先生のあの言葉があったからこそ、幼稚園生活を無事終えることができたと感謝しかなく、式前だというのにお互い涙涙でした。素敵な先生に出会えたこと、この一期一会を大事にしたいと思っています。