保育士として7年間、私は夢中で幼児教育の世界を駆け抜けてきました。子どもたちの小さな成長の一つひとつに感動し、保護者と子育ての喜びを分かち合う日々に、大きなやりがいを感じていました。しかし、年次を重ねるにつれ、私の心の中にはある思いが芽生え始めていました。それは、卒園していく子どもたちの「その先」の世界への興味でした。手塩にかけて育てた子どもたちが、小学校という新しい環境でどんな壁にぶつかり、どう成長していくのだろう。その過程にもっと寄り添いたい。そんな思いが日に日に強くなり、私は学童保育の世界へ飛び込むことを決意したのです。求人サイトを眺め、未経験者を歓迎してくれる民間の学童保育施設に応募し、新たな一歩を踏み出しました。 働き始めてまず感じたのは、保育園との圧倒的な違いでした。相手は自分の足で学校から帰ってくる小学生です。身の回りのことはほとんど自分でできますし、言葉でのコミュニケーションも大人と対等に成立します。幼児のように手取り足取りお世話をする場面は格段に減り、その分、彼らの自主性を尊重し、見守る姿勢が求められました。最初は、その距離感に少し戸惑いました。保育園では「先生がやってあげる」場面が多かったのに対し、学童では「まずは自分でやってごらん」と声をかけ、じっと待つ。この「待つ」という行為が、想像以上に難しく、根気のいることなのだと痛感しました。また、子どもたちのエネルギーにも圧倒されました。放課後の開放感からか、有り余る元気を爆発させる子どもたちと一緒にドッジボールをすれば、翌日は全身が筋肉痛です。保育士時代とはまた違う、体力勝負の一面があることに驚きました。 しかし、戸惑いや大変さを上回る大きな喜びが、この仕事にはありました。それは、子どもたちの「心」の成長に深く関われることです。小学生は、友人関係や勉強、自己肯定感など、複雑な悩みを抱え始めます。ある日、友達と喧嘩して一人で隅に座っていた三年生の男の子が、ぽつりぽつりと私にだけ悩みを打ち明けてくれたことがありました。私はただ黙って彼の言葉に耳を傾け、気持ちに寄り添いました。特別なアドバイスをしたわけではありません。それでも彼は、話し終えると少しすっきりした顔で「先生、聞いてくれてありがとう」と言って、また友達の輪に戻っていきました。誰にも言えない本音を打ち明けられる「ナナメの関係」の大人。親でも先生でもない、信頼できる第三者として彼らの心の安全基地になれた時、この仕事の本当の価値を感じるのです。また、夏休みの工作で、最初は「できない」と諦めかけていた子が、試行錯誤の末に立派な作品を完成させ、誇らしげな顔で持ち帰る姿を見た時の感動は、今でも忘れられません。彼らの可能性を引き出し、挑戦を後押しできた瞬間の喜びは、何物にも代えがたいものでした。 もちろん、楽しいことばかりではありません。子ども同士のいじめや仲間外れといった、よりシビアな問題に直面することもあります。それぞれの家庭環境も複雑で、保護者対応には細やかな配慮が求められます。しかし、そうした困難も含めて、子どもたちの人生の一部に深く関わっているという実感があります。保育士時代は、子どもたちの「生活」を支える仕事でした。そして今、学童指導員として、私は彼らの「放課後」という自由な時間、つまり彼らの「生き方」そのものを支えているのだと感じています。子どもたちの成長をすぐそばで見守り、時には悩み、共に笑う。もしあなたが、一人ひとりの子どもの心とじっくり向き合い、その子の持つ力を信じて伴走するような仕事に魅力を感じるなら、学童保育の求人情報を一度覗いてみてはいかがでしょうか。そこには、保育園とはまた違う、豊かで奥深い世界が広がっているはずです。