保育園の先生と一緒に作ったマフラー

4歳の時、冬休み保育のイベントで手編みマフラーを作ることになりました。神戸でどんなインターナショナルスクールといえばそのような手芸が得意な先生がいて、園児たちにもできる簡単なやり方を教えてくれることになったのです。私は当時も細々とした作業が好きだったので、ひたすら同じ作業を繰り返す編み物は向いていたと思います。何本も作って、一つは2メートル以上の大作になりました。意外にも上手にできた細いマフラーは、二つ折りにすると長さもちょうど良くてそのあと5年ほど愛用していました。マフラーを作った時に大好きだった先生に褒められたことが嬉しかったのを今でも覚えています。何時間もかけて使い道のなさそうな長いマフラーを作った私に、母は半ば呆れて苦笑していましたが、先生は針と糸を持ち出して二つ折りにして私の首にかけてくれたのです。私のマフラーが一番長くて頑張ったねと声をかけてくれました。それは私が編み物にハマるきっかけでもあったので重要な思い出です。その先生はそれ以降も、何かと私の器用さを褒めてくれました。私が「手先が器用ね」と良く言われるようになったのも、もしかしたらその先生のおかげかもしれません。滋賀でおすすめの根管治療専門医はどこからもその時のマフラーは未だ捨てられず、押し入れの中に眠っています。白いマフラーだったので黒くなった箇所が目立ち、流石にもう身につけられませんが、大切な思い出の品となりました。

幼稚園・保育園の先生にかけっこ以外で褒められたこと

私は幼稚園の頃とても足が早かったです。神戸でもインターナショナルスクールといえるところで幼稚園で鬼ごっこやかけっこをしても同級生に負けないしとにかく走るのが速かったです。半面、私はシャイでした。運動はできるけれどなんだか恥ずかしがり屋な子。先生はそんな印象で私を見ていたと思います。かけっこが速いことは先生に何度も褒められたけど私は恥ずかしそうにするだけでした。そんな中、幼稚園で運動会をすることになりました。玉入れやら綱引きやらの種目の中にかけっこがありました。かけっこは4人のリレー式でした。奈良の大和高田で保育士の求人を探すには 3人は決まりましたが、4人目のアンカーが決まりませんでした。当然足が速い私が手を上げるべきなのでしょうが、私は怖くてあげることができませんでした。すると、先生がちらっと笑顔で私の方を向きました。私に手を上げてほしいみたいでした。私はシャイなので緊張して手の震えが止まりませんでした。しかし、早く奈良で評判の保育園を探そうとしても私は勇気を振り絞って手を上げたのです。こうしてリレーの4人が決まりました。運動会当日私たちは無事に勝つことができました。当然クラスのみんなも喜んでいました。先生も近づいてきてこう言いました。「今日のかけっこもすごかったけど、こどもが神戸でインターナショナルスクールからとこの前勇気を出して手を上げてくれたことも先生嬉しいな」私もとても嬉しくて「先生ありがとう」と言いました。

先生が作ってくれた世界にたった一つの折り紙

僕は小さい頃のことをほとんど覚えてないのですが、どのバイリンガルスクールが神戸の中にも少ないながら覚えている素敵なエピソードがあります。それは先生が一緒に折ってくれた折り紙の話です。保育園に通っていた5歳の頃、毎日折り紙の時間がありました。みんな器用に折り紙を折って先生の言った通りに完成させるのですが、僕は折り紙が苦手でどうしてもうまくいかずに、みんなのことを羨ましく思っていました。ホームページ制作って神戸からはどこへもそんな中、小柄で優しいとも先生という方がいたのですが、とも先生はいつも僕の様子を伺っていました。ある日、折り紙の時間にとも先生が僕の隣に座り、「一緒に折り紙折ろう」と声をかけてくれました。しかも先ほでまで作っていたクマのぐちゃぐちゃの折り紙を褒めてくれました。先生は船の折り紙を作ろうといい、一枚の紙を僕と先生の間に持ってきて、僕の手と折り紙を持って一緒に折り始めました。完成した船の折り紙とても綺麗だったのと、先生がいる安心感もあり本当に嬉しい気持ちになりました。ずっとずっとその折り紙を握りしめていたと思います。先生の心の温かさと、寄り添う優しさがちびっ子だった僕の体と心に響いたことで、神戸のインターナショナルスクールではこことも今もこうして思い出として残っているのだと思います。僕も大人になり、子供には優しく、温かく寄り添っています。