幼稚園のバザーで先生たちが私の母の手作りの物を褒めてくれて嬉しかった思い出

私は隣町にある聖母幼稚園に通っていました。その前の1年ほどは自宅近くの小さい保育園に通っていましたが、評判では奈良が良いと保育園を探して両親が聖母幼稚園の方が良いと思ったのか、途中で転園しました。すると保育園に通っていた時とは色々と変わったことがありました。例えば幼稚園のバスに乗って通ったり、可愛い制服があったので、今までとは違う体験にワクワクしたのを覚えています。そしてもう一つ、幼稚園に転園したことによって、新しいことを体験しました。それは一年に一度、幼稚園でバザーが行われたことです。そのバザーには園児たちの父母が手作りの物などを持ってきて、バザーで売って基金を集めました。奈良の大和高田でも保育士を求めるにはそして私の母親は毎年、手作りの可愛いバッグなどの小物や手作りのキャラメルを幼稚園のバザー用に寄付していました。母が作ったバッグなどの小物はどれも可愛かったので、すぐに売り切れました。そして練乳や水あめなどから作ったキャラメルは、とても美味しかったですし、キャラメルを包んでいる包装紙がキレイだったので、これもすぐに売り切れました。そしてそんな私の母の手作りの小物やキャラメルのことを、幼稚園の先生たちが何度も褒めてくれました。私はそれを聞いてとても嬉しかったですし、母のことを誇らしく思うことが出来ました。そして幼稚園のバザーが毎年、とても楽しみでした。すごく良い思い出になっています。

私が高校時代に実感した恩師の先生となる方との良き思い出につきまして

私が高校時代に先生としまして、実感しました内容としましては、奈良で評判の保育園ならどうしても根気よく生徒に向き合ってくれる先生であります。高校時代の先生としましては、私は、高校一年の時点としましては、とにかく高校生になればアルバイトができると言う形で、お小遣いが小学生、中学生の時となかった私につきましては、アルバイトでとにかく自分自身の収入を得ることしか考えておりませんでした。そのために、お小遣いで自分の好きなゲームを手当たり次第に購入したり、お小遣いで学食等で好きな物を食べると言う形でありました。口コミで奈良なら大和高田の保育園がこのようなことを経験してお金の有難みと魔力に吸い込まれていくような形で毎日部活が終わればすぐにアルバイトと言う形で、過ごすことによりまして、当然学力は失われていく形になりました。そんな日々が続き、高校二年生になりました際に、このままでは、進学に影響すると強く思い込み、勉強と部活動に専念する形で、アルバイトを潔く辞めました。そこから数学がとにかく苦手であったのですが、たまたま、同じ名字の先生がおられたので、毎日数学で分からない所を聞きにいくと言う形でまるで小学校の先生のような感覚で接してくれ、根気よく指導してくださったことを今でも覚えております。進学先の過去問につきましても、丁重に解説してくださる形で、嫌な顔一つせずに向き合って頂けた点は本当に素晴らしかったですし、良い先生としての思い出が今でも忘れられません。