幼稚園で認めてくれたひとつのこと

わたしが幼少期、いまでも覚えているのが「幼稚園の先生に配慮してもらったひとつの出来事」です。奈良の大和高田で求人の保育士は幼稚園時代わたしは人よりも目立つことが好きな子どもでいつも大人の注意をどうにか引こうと様々ないたずらをしてきました。当時通っていた幼稚園には大きな積み木があり、それは少し柔らかく作られているのでこどもたちが重ねたり大きな家を作ったりしているものでした。ある日わたしは先生たちの気を引こうとしたのか、奈良で口コミをする保育園はその積み木をたくさん積み上げ天井ほどの高さになるようにしました。もちろんわたしが積み上げるための土台も同じ高さになるようにし、友人たちに手伝ってもらいどんどん積み上げました。今考えるとすごい高さにまでなっていたので危険極まりないものでした。しかし、先生たちは危ない危ないといいながらもニコニコしながらこの光景を笑って見過ごしてくれて、終いには写真まで撮りだしていました。今のご時世このような危ない遊びを子どもたちがしていたら、絶対止められていたと思います。先生たちの子どもの自主性を尊重してくれる気持ちがとてもうれしい出来事であったし、今思うとそのように自由に育ててくれた環境にも感謝するエピソードだと思います。

幼稚園でのざくろの奪い合いの果てに

私が通っていた幼稚園には、1本のざくろの木が生えていました。その木には毎年、ざくろの実が生りました。ざくろの実は小さな実がいくつもあり、種の周りに薄く果肉があり、保育士を大和高田で採用するならその果肉は少し酸っぱく、でもほのかに甘く、子供ながらにも美味しかったのを今でも覚えています。毎年、その実が生ると、みんなで取り合いになります。なぜなら、幼稚園児がたくさんいる中で、その木は1本しかないからです。幼稚園バスで幼稚園に行くと、先に着いていた他の友達やほかの学年の園児たちが、その木の周りに群がっています。もちろん、これから保育園を奈良市内で探すなら興味のない園児は園庭で遊び、ざくろには目もくれません。私はというと、バスが着くなりその木のところに走っていくような園児でした。ただ、カバンを教室に置かず、着替えもせずに木のところにいくので、当たり前のように先生によく怒られていました。園児の中で私は身長が高いほうだったので、少し遅れて行っても、食べれていました(独り占めはしていませんよ。)そんなある日、みんなが食べつくしたのか、ざくろの実は見たところないように見え、みんなはもうあきらめていました。しかし、よく見ると木の上の方にまだあります。でも、子供の身長ではとても届くような高さではなく、数人で悲しんでいたところ、先生が現れ、見事なジャンプを披露したかと思うと、その手にはざくろの実。その実を私たちに手渡し、みんなで食べました。諦めていたところに救世主が現れ、とても嬉しかったことを今でもよく覚えています。