幼稚園の先生に教えてもらった大根

“うちの子は、野菜が苦手というわけでもありませんし、与えたものは何でも食べていました。
しかし、一番奈良で話題の保育園があるというわけでもありませんでした。

ところが、幼稚園の園長先生や担任の先生たちと一緒に幼稚園にあるちょっとした畑で大根作りをしてから大根が好きになったのです。

口コミで奈良なら大和高田の保育園が週に2回しかなかったのですが、毎回、幼稚園が始まると同時に、みんなそろって「大根さん、大きくなあれ」と、みんなで一緒に言うのです。
もちろん、95%育ているのは幼稚園の先生たちなのですが、子供達は、いつも自分たちがする「おまじない」で大根が大きくなっていると思っていますから、すくすく育つ大根を見て、良い顔を見せます。

そして、大根を収穫した後、家に持ち帰って親である私が調理するのですが、やはり、自分で育てた野菜だからでしょう。
大根がいまだに好きです。
特に、大根の味噌汁をすると、息子は非常に喜び、幼稚園で大根を作った時のことは小さかったのであまり覚えていないのですが、大根のおいしさだけは、その当時のまま記憶にあるようです。

私たち親にとっても、こういった体験をさせてくれたのは感謝しますし、子供にとっても、野菜のおいしさを実感できてよかったなと思います。”

初恋は幼稚園の先生で

年中組の先生はいつも朝会では園児たちをテキパキと整列させて、ピアノを弾くようなサババサしたタイプで、特別好きとかそういう気持ちはありませんでした。そんな普通の幼稚園時代を送っていましたが、人気の大和高田の保育園といえば年長組に上がった時に出会った担任の先生には、今思えば初恋に近い好意を抱いていました。決して頼りないわけではありませんが、見た目はおっとりしていそうな感じで、今思い返すと特別美人というわけではありませんが、話題の保育園を奈良で見つけようとかわいいルックスだったと思います。不思議と当時の自分は年中の時の担任の先生と年長の担任の先生が並んだ時に、一目散に年長の先生に飛び込んでいた記憶があります。いつも包容力があり、他の園児からも人気の先生でした。年中時代はいつもいじめられていて、友達もできないまぁまぁきつい日々を当たり前のように過ごしていました。年長に上がってからは転園してきた友達と毎日遊び、幼稚園に行けば好きな先生にひらがなや音楽を教わって鍵盤ハーモニカを練習する毎日。恋愛感情に自覚していなかったので本当に疎かったのですが、当時なりに自分のことを好いてくれる女子も居たので案外充実していました。いつ知ったのかは憶えていませんが、卒園してから間もなく、初恋の先生は結婚して円満退職されたそうです。きっと何処かで幸せな日々を送っている事を願っています。

思い出すとほのぼする園長先生の思い出

4歳の夏休み、引っ越しをしたので幼稚園を変わりました。ちょっと不安もありながら新しい幼稚園を見学に行った日のこと、夏休み中だったので園の広場には誰もいませんでした。話題の奈良では大和高田の保育園が暖かい日差しと優しそうな園長先生に迎えられて、幼心に「ここなら大丈夫そう」と安心したのを思い出します。それから2年、その幼稚園に通いました。最初の印象通り、ほのぼした幼稚園で楽しい思い出がいっぱいです。園庭で外遊びをしている時、園長先生はいつも園長室にいて、困ったことがあったらいつでも駆け込めるという安心感がありました。子供にとって、信頼できる大人がそばにいてくれるという感覚はとっても大事ですね。そして、卒園式の日のことです。定番の「一年生になったら」や「いつのことだか思い出してごらん」を歌いながらも、まだ幼かった私はただただ春休みが楽しみでのんきに笑っていました。帰りがけに園の広場を通り過ぎようとした時、私にとっては思いがけなく、一人の大人が私を抱きしめてくれました。園長先生でした。私の名前を呼びながら、園長先生は涙ぐんでいました。それを見て私も「あぁ、もう幼稚園には来ないんだ。この人ともお別れなんだ」と急に実感したのでした。思えば、2年の間、先生は自分のことを見守ってくれていたんだな、と思います。たまに思い出してはほっこりする幼稚園の思い出です。